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出会いが私にくれたもの

出会いが私にくれたもの、ソレはどこまでいってもどうしようもない深くて不快、不覚な絶望と後悔、そしてなぜあぁなってしまったのかと言う自責の念である、例えば物心つくとかつかないとかそんな話ではない幼少の頃の事、まだ世間というものと周りの人間にたいしての認識が薄く、浅かった残念な時分の頃におったてたトラウマなんかとくにその部類だろう、コレは出会いに限った話ではないのだ。つまるところ幼くてどうしようもない程に幼稚であったから結局後々に至るまでの後悔を引きずるカタチになったというだけで要するに、告白する前にはもうちょっと周りの状況と情報を集めて冷静かつ客観的に判断した方がアナタの人生と今後の出会いにおいて効果的だよ、と言う事である。

どうしようもない絶望と後悔

例えばの話をしよう、例えばアナタが思いをよせる女性が仮に居たとして(とうぜんソコソコの友情関係、つまり手放しで友達と言える程度の関係と思って貰って問題ない)アナタならどうするだろうか?いや、どうするだろうかという質問では意味が無い、既に出会って友達程度の付き合いはある、そしてアナタは人並み以上には彼女にたいして情愛を抱いているのだから後はもう別の意味で突き愛しあいたいと思うのは男性として、種の生存本能に基づく反応としては申し分ないほどに正常であり普通の思考回路であると言える。要するに出会って、分かり合って、付き合いたいのならばそれなりの段階を踏むべきであり数段飛ばしにいきなり告白(ちなみに私の友人はデパートの屋上駐車場でポッキーを購入したレシートの裏側に好きだと書いて渡した、そして私と私の友人の友人はその現場をこっそり見ていた)した後の人生は当人にとってはなんとも残念な結果になるのでおススメできない。

出会いが私にくれたもの

出会いが私にくれるもの、結局のところ出会いが私にくれるものとは甘いとか酸っぱいとかそういった感情なんかではなく、正常な理性と正常な思考回路をかき乱す残念極まりない熱暴走でありその暴走が行き着いた結果こそが出会いのひとつの終着駅『這いよる絶望と後悔の混沌』でありそこに到達した者はみな等しく残りの人生をそのトラウマを引きずる事になるのだ、特に寄る寝る前のフラッシュバックとの出会いには壮絶な衝撃を覚えるだろう。

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